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運命のドラフト

2008年10月30日 06:16

今日はドラフト会議ですね。

ドラフトと言えば、よく「運命のドラフト」と呼ばれ、数々のドラマチックなシーンを生み出してきました。

僕的には、清原・桑田の時や元木、福留、新垣あたりが印象に残っています。

特に清原。

ドラフト会議直後、またその2年後の日本シリーズで巨人を倒すまであとワンアウトという時に流れて止まらなかった涙は絶対忘れられないですね。


一方、われらがカープにおいては、そんなようなドラマチックな運命のドラフトとは全く無縁です。

超高校級スラッガー○○は広島!

とか

社会人ナンバーワン右腕△△は鯉一本!

とか聞いたことありません。

もちろん、意中の球団だったカープから指名されず涙する選手なんてのも見たことありません。

まあ、僕が見逃していたり、報道されなかっただけで、カープ関連にだって無数のドラマがあるのは間違いないはずですが(広池ブログを読むとよくわかる)、関東では特にカープ関連の報道が少ないんで、ちょっと寂しいです。


でも、そんな僕にもカープで運命を感じたドラフトがあります。

僕がまだ広島にいた子どもの頃のことなのですが、テレビを見ていたら、社会人の田舎くさい選手が「絶対カープに入りたいです。カープ以外には行きたくないです」なんて言ってるんですよね。

童顔でやさしい顔をして、しかもユニフォームじゃなくて作業着みたいなのを着てるんですよ。

こんなんが指名されるんかいの?と思ったのですが、そんなコメントをした選手が子ども心にもうれしくて気になっていたんでしょうね。

その年のドラフトは、やけに注目していました(どんなガキんちょやねん!?)。

で、カープは見事に彼を1位指名。

母ちゃんとテレビを見ながら、やっぱりこの人が指名されたんじゃね、と話したのを覚えています。

彼は投手で、入団後すぐに新人王を獲得したものの、その後は度重なる故障に泣かされ続けました。

週刊誌か何かで、古葉監督から叱咤されている記事を見かけるなど、とても苦労しているようでした。

しかし、まるで不死鳥のように復活を遂げた彼は抑えに転向し、まさに守護神の大活躍。

1986年カープ優勝の瞬間、マウンドに立っていたのは彼でした。


そう、炎のストッパー・津田恒美です。



残念ながら、脳腫瘍のため若くして亡くなった津田。

彼の投球は気迫にあふれ、まさに炎のストッパーの名にふさわしいものでした。


市民球場のブルペンにある津田プレート。

津田がこだわり続けた「直球勝負」と刻まれたそのプレートを、リリーフに向かう投手はそっと触れてからマウンドへ向かうそうです。

絶対に弱気になってはいけない、津田の気迫・勇気を少しでももらえるように。


津田は、カープの永遠の守護神なのです。




作業着姿の津田が、絶対カープ!と言っていたあの映像を、ドラフトの度に思い出します。


あれは間違いなく運命のドラフトでした。


炎のストッパー 津田恒美





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